■忌まわしき遺産■ |
「忌まわしき遺産 〜哀しみの果てに〜」
いつの頃からだろう。その噂が町の人々の間で語られるようになったのは。
当初、人々はその話しを耳にしたとき、
「はははっ!、面白い話だねぇ。」とか「何じゃそれ。新しい宗教か?」等と言った感じで殆ど興味を示さなかった。
しかし、この噂は小話程度に町中の人々に知れ渡る事となる。
その噂が広まってから少しの後、町に訪れる旅人達が口々にある事を証言するようになった。
「都市が跡形もなく消滅している。」
旅人達は、各地を転々としながら旅を続けている。
もちろん、その旅程に都市も含まれる訳だが、都市のあるべき所に都市が無く、あるのは大きくえぐれた大地だけだと言う。
しかも一カ所ではない、それぞれ異なる地方を訊ねた旅人達が異なるいくつもの都市の消滅を目の当たりにしているのである。
ただ、すべての都市が消滅しているという訳ではなく、都市の絶対数から比べれば、消滅したのは極一部だと言われている。
また、旅人達の互いの証言には多少の食い違いが見られる場合もあった。
ある旅人は「ある都市が消えていた。」と言えば、ある旅人は「その都市は顕在だ。」などと話がかみ合わない場合がある。
そこから考えられるのは、旅人が集団で話しをでっち上げているのか、
または、現在も都市の消滅は進行しているかもしれないということである。
実はこの証言、町に広がっていたうわさ話の一部とリンクしていた。
「空飛ぶ船が、光をもって人々に滅びをもたらす。」
噂によると、その船は都市の上空に突然出現したかと思うと、眩いばかりの光を照射し、都市を瞬時に消滅させると言われていた。
そして、あとに残るのは大地の大きな窪みだけだと。
噂が流れた当初は、実際に消滅した都市の跡を見たものがいなかったため、結局、噂程度の話としてでしか人々に伝わることはなかった。
しかし、各方面から訪れる旅人達の証言から、町の人々は他愛もない噂が真実を告げている可能性がある事を強く感じるようになる。
ただ、旅人達は空飛ぶ船やそれらしき物など見ていないという事から、「滅びをもたらす空飛ぶ船」というものが実際はどういった物なのか、
また、船に関しては単なるデマで、都市の消滅には別の何かが関わっているのか、それに、都市消滅自体がなにを意味しているのか。
この「都市消滅」事件の核心と、噂話の信憑性は今だ不明確なままであった。
そのしばらくの後、町の人々は知ることになる。
「空飛ぶ船」とは、とても船と呼ぶには似つかわしくない程巨大で、全体的に蒼く、槍の先の様な形をしている事。
そして、消滅させられるのは都市だけでは無いこと...。
町は光に包まれ、跡形もなく消え去った。
わずかな風の流れに、木々が冷めた葉音を響かせる。
そんなひっそりとした森の中に、ほとんど使用されていないような寂れた道。
その道を、全く情景にあわない、派手な衣装で身を包んだ少女がテクテクと歩いていた。
歳は16くらいであろうか。上半身は胸の部分が開いているタイトな服、そして、それに不吊り合いなヒラヒラのスカート。
また、宙に浮いているシンプルなデザインのショルダーガードと、重量感のある色合いのマント。
彼女はそんな服装が気に入っているのか、別に意識してもいないのか判らないが、
今にも鼻歌が漏れそうなニコニコした顔をしながら、ピクニックでも楽しんでいるような感じで歩いている。
「たはぁ〜っ、楽しみだなぁ〜。お兄ちゃんのスペシャルケーキ。
たまにしか作ってくれないんだもんねぇ〜。」
彼女は両手を顔の前でグッと組み、まるで夢でもみているような顔つきで、独り言をこぼす。
「でも、スペシャルケーキをゲットするには、まずお使いを果たさないとね〜。」
そんな事を言いながら、足取りは歩きからリズミカルなステップへと変わっていた。
どうやら彼女は、ケーキを条件にお使いを頼まれたようである。
今は、そのお使いに赴く途中と言ったところだろうか。
そんな軽快なステップを踏んでいるとき、突如、前方脇の木々がガサガサとざわめく。
「!!」
彼女は、スッと足を止めた。
その少女の反応に応じるように、草むらから巨大な蜘蛛型の化け物が姿を現した。
彼女の2倍程の高さを有するその化け物は、全身が苔のようなもので覆われており、その赤い目はガラスのようなツヤをもっていた。
化け物は正対し、彼女の目の前に立ちはだかった。
そして、獲物を捕らえんといわんばかりに前傾姿勢を取り、彼女を威嚇する。
「やだぁ〜、どうしよぉーっ!!!」
困惑の顔を見せる彼女。だが、何故か顔は化け物ではなく、青空に向いていた。
「お気に入りの紅茶切らしてるんだったぁ〜!!!
どうしよぉー、折角スペシャルケーキを食べるのに、お気に入りの紅茶が無くっちゃつまんなぁーい!!!」
どうやら彼女の目に映っているのは化け物では無く、頭の中のケーキセットのようだ。
「あの紅茶もなかなか手に入らないからなぁ〜。
残念だけれど今回は普通の紅茶でいいや...。」
ちょっと残念な表情をし、俯き加減で再び歩き出す。
全く気にも留められていない化け物は、気を悪くしたのかどうか判らないが、一気に間合いを詰め、振りかぶるように彼女に襲いかかった。
ガキィーーーーーーン!!!!
森の中に金属音の様な鋭い音が鳴り響く。
鋭い前足2本を彼女に向かって振り下ろした化け物。しかし、その足は彼女の頭上でピタリと止まっていた。
化け物が攻撃を止めたのではない。それどころか、化け物は今でもギシギシと力を入れ続けている。
しかし、彼女の周囲にある何かが、化け物の攻撃を阻んでいるのだ。
そんな状況に気づき、頭の中のデザートセットからその心を帰還させた彼女は、俯いていた顔をスッと上げ、ムッとした表情で、
「私のケーキの行く手を阻む気ね!」
と化け物に対し言い放つと、手のひらに光体を発生させる。
「ミルちゃん、怒っちゃうよぉ。」
彼女、ミルは怒りをぶつけんと言わんばかりに、手のひらの光体を化け物にかざそうとした、その直前!
ピシィーーーーン!
化け物は突如まっぷたつに裂けた。
「ほへっ?」と言った感じで目の前の状況が理解できないまま、いきなり人に抱え上げられ、化け物がいた場所から遠ざかる。
その後、両断された化け物は大きな爆風を起こした。
「大丈夫かい?お嬢さん。」
なかなか二枚目の男、20歳前後の人だろうか。
鎧のようなもので身を包み、背には剣を携えている。
ニッとした表情で、ミルを見つめている。
ミルはペタリと座り込んだまま言葉が出ない。
「もの凄く怖かっただろう。無理もないよ。あんな化け物に襲われちゃったらお嬢さんじゃなくてもビックリするよ。」
目をパチクリするミル。
「だけど良かったねぇ。たまたま僕が通りかかったから良かったものの、僕がいなければ今頃天国行きだったぞ。」
ゆっくりと立ち上がり、マントとスカートの砂埃をパタパタと払うミル。
「おっ、どうやら大丈夫みたいだね。よかったよかったぁ。でも、お嬢さん1人でどうしてこんな危険な所にいるんだい?
大体、この地域は出入りが禁止されているんだぞぉ。」
立て続けに語りかける彼に、ミルはちょっと嫌そうな顔をして一言。
「お兄さん、人さらいさんですかぁ?」
「...。」
しばしの沈黙の後、彼は「はぁ?」っといった表情でミルをにらむ。
「人さらいは無いだろう?折角助けてあげたのに...。
大丈夫、怪しいモノじゃないから。オレの名前はバインドって言う...って、おいっ!」
彼がそんな事を言っている間に、ミルはトコトコと歩き始めた。
「お嬢さん!この森には、さっきの様な化け物がいっぱい居るんだよ!危険だからサッサと帰ろう。」
その言葉を聞き留めたのかどうか判らないが、ミルは歩くのを辞めて、バインドのそばに戻ってくる。
「そうか、そうか、ちゃんと送ってやるから...」
と満足そうなバインド。その言葉をミルが遮る。
「バインドさん。」
「な、なんだい?」
いきなり名前を呼ばれたため、ちょっとドギマギするバインド。
「さっきの化け物がたくさん出てきても倒せますかぁ?」
そんな質問に、頭をかきながら答える。
「いやぁ、さすがにこの僕でもたくさんの化け物を相手にするのは辛いなぁ〜。」
答えを聞いたミルは、バインドの足下を指さし、
「それじゃ、ここに座ってください。」
と言うと、ずいーっと周囲の森を見渡した。
ミルが言っている事の意図がわからなく、どういうことか問いかけようとしたが、
「座ってくださいぃー!」
というミルの強い一言で、とにかく腰を下ろすことにした。
ミルはバインドが座ったことを確認すると、左腕をスゥーっと上に伸ばし、もっとも腕が伸びた時点で指をパチン!とならした。
ズゴゴゴゴゴォーーーーーーーー!!!!!!!!
突如、轟音とともにミル達の周囲に発生した衝撃波は、大地を木々ごとえぐりながら放射状に広がっていった。
そして、その衝撃がおさまった頃には、周囲200メートルほどの森が、地肌丸出しの荒れ地へと変わり果てていた。
荒れ地の所々には、化け物が土砂に埋もれた状態でピクピクとうごめいている。
ミルはそれを確認すると、ポカーンと口を開けたバインドに、
「もう大丈夫ですよ、バインドさん。今のうちなら森を出られると思います。
私はお兄ちゃんに頼まれたお使いがあるので、これで失礼しますね。」
と言って、荒れ地の中をルンルンと歩き始めた。
言葉が何も出てこないバインド。
彼はエイシェントテクノロジー(古代文明の超技術)によって生み出された武具を装備し、ある程度の戦闘能力を有した戦士である。
しかし、ミルの能力はバインドのそれを凌駕していた。
あのエネルギーと周囲への影響力は、 彼の武具を持ってしても到底真似できないものであった。
身震いして立つことができない。
「一体なに者なんだ、あのお嬢さん...」
「お使い、お使い、うれしいなぁ〜。ケーキが食べれて、うれしいなぁ〜。」
最初に歩いていた道筋に戻り、スキップをしながら森の奥へと進むミル。
スタッ!
そのミルの目の前に一つの影が現れた。
「あれ、バインドさん!迷子になっちゃったんですかぁ?」
相変わらず、なんとなくとぼけた感じのミルに対して、鋭い目つきでバインドが問う。
「君は一体なに者なんだ!そしてこの地に何しに来たんだ!!」
ミルはちょっと困ったような表情をしつつ答える。
「ミルはただガラクタの始末を言いつけられてきただけだよ。
お使いを果たせばケーキをもらえるのぉ〜。」
またケーキセットをイメージし、表情をゆがめ始めているミル。
「ガラクタ...?ケーキ......??」
そんなやりとりをしているうちに、なにかの轟音が近づいていることに気付く二人。
ミルは、その轟音を聞くなり、目をキラキラ輝かせ、バインドはその聞き覚えのある轟音に、恐怖で表情を歪ませ、額に汗をにじませ始めた。
バインドは生唾をゴクッと飲み込み、低い声でつぶやいた。
「アイツが来る!」
数ヶ月前、この地に封印されていた古代遺跡内の宇宙戦艦1隻が、突如稼働を開始し、各地に点在する都市等を破壊し始めた。
戦艦の目的は、現存するエイシェントテクノロジーの一掃と推測されている。
襲われた都市等は、エイシェントテクノロジーの存在する場所、またそれらの研究が行われていた場所であるという統計が取られている。
専門家によると、指揮系統を失った個々の兵器が、状況に合わせて独自に行動出来るよう古代の兵器群は設計されていたらしい、という話だ。
先ほどの蜘蛛型の化け物もそのようなモノの一種で、いまだ稼働し続けている小型兵器は世界に多数存在するが、
宇宙戦艦ほどの大型兵器が、自律して行動を開始した例は、過去数百年間に見られなかったと言われている。
バインドは急いで装備している武具の機能を停止させる。武具のエネルギーを捕捉され、攻撃される恐れがあるからだ。
「ミルちゃん!森の中に身を隠すんだ!今度はさっきの様には行かないぞ!」
とバインドが叫んだ直後!
ギューーーーーン!!!!!!
と、目の前から一筋の光が放たれた。
「ケーキ!ケーキ!」
等と言いながらミルは光を放った腕をパタパタと振ってピョンピョンはね回っている。
常識を逸脱した行動に、顎が外れそうになるほど口を開き唖然とするバインド。
「ミ、ミルちゃん!なにやってるんだぁーーーー!!!
これじゃ地獄行き確定だぞぉ!!!!」
今、ミルの放った光自体、バインドから見れば驚愕に値するが、戦艦が放つレーザー砲はこんなモノとは比べモノにならない。
所詮は人間がどう武装したところで大型戦闘兵器の出力に太刀打ち出来るはずがないのだ。
「とにかくここから離脱しよう!」
そう言うと、バインドは武具の機能を再起動させ、飛行能力によってここから少しでも早く離れようと考えた。悪あがきではあるが...。
そんなあたふたしたバインドをよそに、ミルの頭の中には、ミルではない他の女性の声が響き渡っていた。
(こんにちはミルちゃん。シグマちゃんよ。)
「あっ、シグマちゃん。こんにちはぁ。シグマちゃんのサポート態勢に入ったのね。」
ミルは心の中で答える。
シグマとは、ミルの耳飾りの中に内蔵されている戦闘サポートシステムの機能のうちの一つで、 各種情報の収集や、状況分析などを行う人工知能だ。
そして、シグマが生成するデータ群は、直接脳に伝達される。このシグマの声も、直接、脳の聴覚野を通して伝達されている。
(第二種戦闘レベルに突入したので、私、戦略情報統合管理システムが戦闘のサポートをさせていただきます。
現在、比較的小型の汎用宇宙戦艦が、単体でこちらに接近しています。
こちらの様子を警戒しながら、低速で航行中です。あと数秒で接触します。
タイプは初期の量産型宇宙戦艦。本来は、艦隊行動を前提とした艦です。
大出力レーザー砲を2門、小型レーザー射出口を50有しています。
ところで、この艦の設計された当時の技術だと、宇宙戦艦は大気圏内での活動を出来ないはずなの。
つまり、重力制御か、空間制御を行う機関が増設されているという事ね。
でも、エネルギーのレベルから、それらの機関は兵器としての機能を持つモノではなく、
姿勢制御のような、補助的な機能を持つモノしか搭載していないと推測できるわ。
ただ、その不確定要素が、危険を招く恐れも考えられるので注意してくださいね。)
「どうせ骨董品の三流戦艦だから。ちゃっちゃと落として帰りましょ。ケーキ待ってるし。」
(そうですね。あっ、まもなく上空に現れます。)
そんなやりとりをしている合間に、周囲が暗くなる。いつの間にか戦艦が直上で停止していた。
シグマが小型と言うにはあまりにも巨大な船体は、全体的に蒼い色で、形はまるで槍の先のようなデザインである。
その巨体を目前にしたバインドは、すでに全身の力が抜けていた。
「も、もうだめか...。」
ガツッ、と膝をついてダラリと両腕を垂らし、その顔だけを上空に向けていた。
そんな絶望感丸出しのバインドなどやっぱり気にも留めず、心の中でシグマに語りかけるミル。
「あっ、シグマちゃん。通信をお兄ちゃんの所に繋いでよ。状況報告だよ。」
(わかりました、只今コール中...。通信繋がりました。)
目の前に、兄の映像が浮かび上がる。ちなみに、脳に直接伝達されている映像なので、ミル以外の者にはこの映像が見られることはない。
「おっ、ミル!ガラクタ見つけたか!」
「うん、見つけたよお兄ちゃん。ケーキ作ってくれた?」
「もうバッチリ用意してあるぞ。いま冷やしてある。」
「ありがとう、お兄ちゃん。ガラクタ片付けてすぐに帰るからね。」
なんとなくホンワカした兄妹の会話をシグマが遮る。
(交信中に申し訳ありません。艦内に高エネルギー反応を確認しました。
すでに大出力のレーザーが射出可能状態にある様なので、防御体勢をおすすめします。)
それを聞いたミルはスッと上空を見上げ、両手をかざす。どうやら防御姿勢の様だ。
そんな状況を、兄は逐次シグマから送られるデータで確認する。
その顔は、何故か次第に激しさを増していった。
「 しまったぁっ!!! そいつを忘れていた!!!ミルぅーーーーーーーっ!!!!!」
兄の叫び声と同時に、ミルの周囲は白い世界に包まれた。
ズゴゴゴゴゴゴゴォーーーーーーーーー!!!!!
おわったぁ...。短い人生だった。ただ、僕が付いていながらこの娘を救ってやれなかったのが悔やまれるなぁ。
目の前にミルちゃんが立っている。両手を光に向かってかざしてるけれど、もう今更なにをしても無駄だよ。ごめんなぁ、ミルちゃん。
そんなことを思いながらも、バインドの意識は遠のいていく。
艦の放ったエネルギーは巨大な柱となって大地に突き刺さり、
大地に生まれた光のドームは、壮絶な轟音と地響きを伴って、森をえぐりながらなぎ払ってゆく。
・・・。
やがて轟音が止み、光のドームは徐々に明るさを失う。
広大な森は、今の爆発が作りだしたクレーターによって、その1/3を失っていた。
その状況を見定めるかのように、戦艦はクレーターの中央に悠々と浮かんでいる。
そこに響く少女の声。
「お兄ちゃん!!どういうことよぉ〜〜〜〜〜〜!!」
クレーターの中央。戦艦の真下は、ステージのような形をして原型を留めていた。
その上で、怒鳴り声を上げているミル。
それに対して、ちょっと小さめの声で答える兄。
「だから、スポンジの間にカスタードプリンを挟むの忘れてたって...。」
「それじゃぁケーキのスペシャル度が下がっちゃうじゃないよぉ〜〜〜!!!!」
「あとから挟んじゃだめか?」
「ダメぇ〜〜〜!!!!!見栄えがきたなくなっちゃうぅぅうぅ!!!!」
端から見たら、1人でトチ狂った少女である。
しかし、そばにひざまづいているバインドは、戦艦を見た直後と変わらない状態で、ボーッとしたまま動かず、ミルの様子など見えていない。
そんな通常あり得ない、というより全く不条理な状況を目の当たりにしている艦は、収拾がつかずにいた。
だが、ついに次の行動に移る。
(ミルちゃん。アクティブホーミングレーザーの射出口開口を確認。数は50です。)
「うきゃぁ〜〜っ!!!折角楽しみにしてたのにぃ〜〜〜!!!!!」
ケーキの事だけしか頭になく、状況などまったく気にも留めないミル。
(来ます!!!)
艦の後方に据え付けられたレーザー口群が一気に火を噴く。
周囲にばらまかれたレーザーは急激に湾曲し、一気にミル目がけて突き進む。
「もうプンプンなんだからぁ〜〜〜〜〜!!!!!。」
等と、防御姿勢を取るどころか、ギャアギャアと騒いでるミルの頭上にレーザー群が襲いかかる。
クォーーーーーーーン!!!
しかしレーザー群はミルに接触することなく見えない壁に阻まれUの字に湾曲し、艦の方向に反射された!
そのレーザー群は、艦に到達する前にシールドで防がれ、四散する。
興奮して、肩をフルフルと奮わせているミルが低い声でつぶやく。
「うるさいガラクタねぇ〜〜。」
横に張り出していたショルダーガードが、「カシュン!」という音と共に、縦に向きを変える。その直後、ミルは弾丸の様に空中に舞い上がった。
ミルを迎え撃つべく、再びホーミングレーザーが発射されるが、レーザー群はミルの目の前で緩やかに曲がり、後方に散っていく。
その一部が地上に着弾し、爆風を巻き上げる。
ミルはクイッと空中に静止し艦と向かい合った。
再び「カシュン!」音がして、ショルダーガードは横向きに戻る。
まだ肩をフルフルふるわせながら、
「もー、お兄ちゃんのバカァ〜〜〜〜!!!!!」
と叫ぶと、ミルの周囲に6つの青白い光体が発生し、更にその光体から無数のレーザーがあふれ出した。
無造作に飛び散っていったレーザーは、緩やかな弧をえがいて突き進み、やがて艦を包み込むように襲いかかる。
初めの幾つかのレーザーは艦のシールドによって防がれたようだが、次々と襲いかかるレーザー群はシールドをも突き破り、艦に直接ダメージを与えていく。
というより、すでに浮力を失いかけ、そこら中が誘爆しており、爆沈しそうだ。
そんな状況下ににあっても、艦は、先程森をなぎ払った大出力レーザーで応戦する!
ありとあらゆるものを無に帰す程のパワーを持った極太レーザーがミルの真正面から襲いかかる!
が、それはミルの目の前で易々と曲げられ、空の彼方へと消えていく。
ミルは、「ふえぇ〜〜〜ん!!!!」等と泣きつつも目の前に両手をかざした。
一瞬、目の前の空気が揺らいだかと思うと、直径がミルの身長ほどの
レーザーが発生する。
シュオーーーーーーーーン!!!
一直線に突き進むレーザーは、何の抵抗も無く艦を貫き、その威力衰えぬまま遙か後方の古代遺跡に着弾、大爆発を起こす。
その爆発規模は、先程、艦が森をなぎ払った大出力レーザーと同程度のものだった。
もはや姿勢制御も推進力も失った艦は、ユラユラと落ちていき地面に接触、大地が震える程の轟音と共に大爆発を起こす。
しかし、すでに八つ当たりの矛先程度としか扱っていなかった戦艦の行く末など、ミルは視界にも入れていなかった。
「ぐすん。」と半べそをかいているミルに、ようやく取り付く島を見つけたシグマが語りかける。
(ミルちゃん。お兄さまも悪気があってやっているわけではないんです。
それに、プリンが挟んであるかどうかに関わらず、ケーキ作りは手間がかかるものでしょ。
お兄さまのそこら辺の気持ちも判ってあげてください。)
「ふぃっ...そ、そうだね...。判ったよ、シグマちゃん。」
(それではガラクタの片付けも済んだ事だし帰りましょうか。
私はスリープします。またね、ミルちゃん。)
「うん、じゃあね、シグマちゃん。」
ミルは、シグマとの会話を終了すると、帰路につくために飛び去っていった。
見渡す限りの荒れ果てた大地。
その一点に、くの字の状態でうつぶせになっている人影があった。
横に向けた気の抜けた顔。その目の視点は定まっておらず、なにかを、ボソボソと口走っていた。
「空が赤いや...。ここ、やっぱ地獄だよねぇ...。
怖いところって言うより何もないところだねぇ...。
ミルちゃんは天国に行っちゃったのかなぁ...。」
大半の緑を失った森。そして、ミルの攻撃のとばっちりを受けて消滅した貴重な古代遺跡。
それらの傷痕を覆い隠すように闇のとばりは降りていった。
おしまい